更に1907年(明治40年)には欧亜国際連絡の必要性と国際貿易の発展を図るため、横浜・神戸(下関と門司)敦賀の4港が国営化され、敦賀港は日本海側の唯一の「第一種重要港湾」に指定されました。 以来、港湾の整備も大いに進み、二期にわたる港湾改修工事により、1932年(昭和7年)には、現在の敦賀港の原型ができあがりました。
→ 国際連盟出席のため敦賀港から ジュネーブへ出発する松岡洋右全権大使 (昭和7年10月)
敦賀〜小樽間フェリー